海鳴りの島から2

目取真俊のブログです

航路で砂利採取運搬船とガット船に抗議

 25日(水)はカヌー8艇と抗議船2隻(平和丸、翔也丸)で海上行動を行った。

 カヌーチームは午前7時56分頃に松田ぬ浜を出発し、辺野古漁港沖で平和丸に乗り込み、大浦湾に向かった。

 午前8時19分頃、辺野古崎のK8護岸では、ランプウェイ台船が接岸し仮置き用土砂の陸揚げが始まっていた。

 この日は午前8時31分頃、砂利採取運搬船1隻(第七太海丸)と仮置き用土砂を運ぶガット船2隻(美鍛丸、寿鷲丸)が大浦湾に入った。

 カヌーチームは航路付近で待機し、入ってくるガット船などに対し抗議した。

 そのあと午前10時過ぎにガット船2隻(第五十一進宏丸、第十八藤進)が大浦湾に入り、各船ともランプウェイ台船に砂や土砂を積み替えていた。

 台風避難ということで大浦湾を出ていったサンゴコンパクションパイル船(SCP船)6隻はまだ大浦湾に戻っていない。

 トレミー船は戻っていて軟弱地盤の海底に砂を撒く作業を続けている。

 現在運び込まれている海砂はトレミー船によって使用されている。

 今年は台風がまだ2個しか発生していないが、いずれも沖縄島に接近していない。

 にもかかわらずSCP船は大浦湾から出たままで、軟弱地盤への砂杭の打設は止まったままだ。

 来月以降、台風が沖縄島付近を通過するのが普通だが、SCP船は台風シーズンが終わるまで戻らないつもりか。

 戻ったら戻ったで、台風が接近した時の避難はより難しくなるだろう。

 こうやって軟弱地盤の改良工事が進まず、工期が延びて予算が膨らみ、ゼネコンは笑って税金が浪費される。

 物価高で苦しい、と悲鳴を上げるだけでなく、自分たちが払っている税金がどう使われているか、関心を持ってほしい。

 航路での抗議行動で海保に拘束され、松田ぬ浜近くで解放されたあと、平和丸に乗ってA護岸の建設現場に移動した。

 前日は鋼管矢板を1本打ち込むのに時間がかかっていたそうだ。海底に岩盤でもあるのか。

 今日はクレーンは上がっていたが、午前10時半頃まで打設作業の動きがなかった。

 K9護岸奥のモクマオウの向こうでクレーンが上がり、何かの作業を行っていた。

 消波ブロックも置かれているが、いずれはK9護岸も伸ばされてA護岸とつながる。

 80年前、K9護岸の奥の丘には大浦崎収容所がつくられ、今帰仁や本部、伊江島の住民が収容されていた。

 戦傷やマラリア、栄養失調などで亡くなった住民は、浜の近くなどに仮埋葬されている。

 戦争の傷跡が残る場所にキャンプ・シュワブが造られ、さらにいま新たな基地の建設が強行されている。

 沖縄に犠牲と負担を強いる日本政府の姿勢は、80年経っても何も変わらない。